ミナミダは、大阪の八尾、東大阪にあるモノづくり企業です。
1933年に釘をつくる小さな製鋲所からスタートし、2代目からはボルトの製造を、3代目からは自動車産業に進出し、冷間鍛造技術を用いた、自動車向け特殊金属パーツ事業を製造しています。
普段はこの工場で何が行われているのか、ざっくり見ていきましょう。
針金をものすごく巨大にしたような、大きな鉄の線材がたくさんあります。そんな素材を加工して
こんな特殊な形状のネジやボルトを製造しています。
ロボットアームなども多用された現代的な設備の工場です。
さて、今回そんなミナミダが、金属ではなく「ヤシの木の皮」を使って、こんな「お面」を作ることになりました。
なぜ作ることになり、どう実現されたのか、その背景に迫りたいと思います。
1.これまでと違う面白いこと
南田
2020年から始まった新型コロナの影響で世界中の自動車生産が止まって、うちだけじゃなく世間様も業界も下を向いているようなタイミングがあったんです。
新しいことせないかんっていうのがあったし、まあ今が動く時かなと、大阪府の補助事業みたいなので勉強して、自社商品をやることに決めました。
南田
たまたまうちの工場長が面白いことをやってて。秋葉原なんかの電気街に売っているような「ヒートシンク」を使って肉を解凍してるっていうんです。
それを聞いて、どこかの誰かをペルソナとして設定するというより、目の前の工場長のためにうちの技術を使うことが面白いと思えた。
あとはEVやハイブリッド車が増えると「熱を冷ます部品」に需要が増すことも見越せていたので、技術開発の意味も兼ねて、お肉を解凍するためのヒートシンクを商品化することにしました。
TENT青木
なるほど、それがこのOMRIQ PLATEなんですね。そんな自社製品を経て、今回のプロジェクトでは、ヒートシンクでも金属でもないものに取り組んでるわけですけど、どうしてそうなったんですか?
南田
八尾市では「数年後に大阪万博があるから出ないか」という話が盛り上がってきていて
石田
万博に出るための意気込みをプレゼンテーションするイベントがあって、私がそこで OMRIQ PLATEのこと、ヤシの木の皮のこと、企業単体ではなく周辺の企業と協力する話など、あらゆる可能性をお話しました。
南田
そうして何かこれまでと違う面白いことがしたいと考える中で、鉄じゃなくてもうちの鍛造技術は活かせるんじゃないかと考えるようになっていき。
実は、過去にうちの先代がタイで「ヤシの木の皮を使ったお皿」というものを見つけていて、その加工機械を私が知らん間に買ってしまっていたんですよ。
南田
それを使えるんじゃないかという話になり。
青木
すごいですね、これまで金属しかやってきてないのに、いきなりヤシの木の皮って。
南田
いちおう、うちがやるメリットも考えたんですよ。うちは自社で金型を作れますし、タイに工場があるので材料が入手しやすいし、タイの人材を活かせば十分に競争力のある価格で実現できそうだと思いました。
青木
そこからTENTへ声をかけたのは、なぜですか?
南田
僕は象印のSTAN.シリーズのファンで、炊飯器もポットもホットプレートも使ってるんです。
南田
そのデザインを手がけたTENTさんが、ご近所の知り合いである藤田金属さんとフライパンジュウを作っていたと後から知って。藤田さんの紹介で青木さんとお会いしました。
南田
それまでもいろんなデザイン会社さんとお話してたんですけど、青木さんと喋ってるとなんかワクワクしたんで、お願いすることにしました。
青木
ありがとうございます。お話いただいてしばらくしてから、たくさんの提案を行ったんですよね。当時の資料を持ってきました。
最初は「お皿を作りたい」というお話だったので、お皿を。あとはお弁当箱、ボール、鍋敷き、そのほかペンスタンドやゴミ箱、スリッパなどなど、いろいろ提案しました。
南田
提案を見て「独創的やなあ」と思いました。
石田
「作れんのかなあ」とも思いましたね。
2.ロジックよりもワクワクを
青木
この中から、まずは加工しやすそうなものとして、お皿と小物入れを試作しましたね。
実際に試作を見てみると、お皿に関しては衛生面で問題を感じたのと、インテリア小物に関しては、強度に不安があり長期使用が難しいことが分かり、より最適な用途を探して、あらためていくつかの提案を行いました。
青木
そこから「よく公園の砂場にプラスチックの”お砂場セット”が忘れ去られて朽ちているのを見かけるけど、あの朽ちたプラスチックってけっこう有害だよね」という話が出て
ヤシの木の皮でできた"お砂場セット"があれば、土に還るし環境に優しいのではないかと盛り上がりました。
南田
かわいくって「いいな」と思いました。
石田
子ども向けの道具を作るというところも、未来を見ている感じがして印象良かったですね。
青木
それからさっそくスコップの試作検証を進めて行ったんですが。なんせ強度が出ない。強度のために塗装をしてしまうと、土に還らない。このあたりが一番モヤモヤしてましたね。
じゃあ子ども向けの道具って切り口で他にないかと頭をひねったところ、フリスビーとお面という案が残りました。
南田
そうですね。スコップもまだ諦めたわけじゃなくて、同時並行でフリスビーとお面も検討して。
青木
この3つのアイテムは面白いアイデアだとは思えていたんですけど、これをどう世に伝えていくか考えた時に迷いが生じて。
一時期は「社会課題を解決する商品だ」みたいな意味付けを模索してました。
南田
社会的な意義をプレスリリースでどう伝えるかという話まで出てきて。その様子を見て、たしか僕が「ワクワクが消えてきている気がする」と青木さんへ伝えましたね。
青木
そうなんです、あの一言はハッと目が覚めました。作った製品に対して「地球に優しいから、良いものだから、買ってね」なんてロジックを作ろうとしてしまっていた。
それよりももっと、アイデアそのものの面白さやワクワク感を前面に押し出した方が良いって気づけたんです。
慌ててお面の試作を大量に持ち帰って、うちの子どもたちにお願いして一緒に「お面づくりワークショップ」を開催しました。
青木
落ちてる葉っぱを拾ってきたり、ドライフラワーを買いに回ったりして。土日に子ども達と一緒に作ったのが、これです。
南田
休み明けに青木さんから写真が送られてきて、もうその瞬間「ビビビビ!」ってきました。
石田
ビビビビビでしたよね。ビー!!ですよ。
南田
企画書の段階でお面を見た時も、お面の試作ができてからも、僕らはここまではぜんぜん想像できてなかった。もう、すごくワクワクするなあ!って。
石田
この写真を見て、可能性というか、視野が大きく広がったなあって思いました。
3.頭捻って苦労する醍醐味
青木
ちなみに、タイの現地ではヤシというのは、どういう扱いなんですか?
石田
果実を取るためのヤシの畑がたくさんありますね。その木の皮が、ただ大量に地面に落ちてます。
南田
もう放置ですね、ただ放置。落ち葉のようにそのまま朽ちるのを待つ感じです。
青木
なるほど、あまり活用されている素材ではないんですね。だとすると加工にも苦労する点があるんですか?
石田
事前に水分を含ませて柔らかくしてからプレス加工するんですけど、真ん中が分厚く固くて、端っこが薄く柔らかい。
それに個体差がとても大きいので一枚一枚調整する必要があり、綺麗な加工を実現するのはとても難しかったです。
南田
とはいえ、本業の自動車部品の開発するときはもっと苦労してるので、今回も苦労はしたもののモノづくりあるあるな苦労ではありますね。
最初はできなかったことも何回もトライするとできるようになったり、上手くなって速くなる。
頭捻って「こうやったらできるかなあ」「できひんかった」「ちょっと良くなった」その連続ですよね。
南田
この全体を楽しいと思えることがモノづくりの面白さであり醍醐味だと思うんです。フライパンでも石鹸でも、何を作ってもその醍醐味は同じだと思います。
青木
現場の方も含めてそれを楽しめるというのは、なかなか珍しい企業文化だと思うんですけど
南田
タイで試作検討したからというところはあるかもしれません。一人当たりの仕事量が日本よりも少なくて、ちょっとゆったりしてるんです。
青木
気持ち的にも余裕がある。
南田
そうですね、タイ工場の空き時間を活用して検討を楽しんでるみたいな所はありますよ。だから会社の全員に理解してもらうのには時間がかかる。
でも今度の9月に万博会場でワイルドマスクの販売イベントを開催するんですけど、協力してくれる人を募った所、社内の1/4くらいのメンバーが手を上げてくれました。
南田
飛行機の離陸で例えるなら、今って前輪が1mm浮き始めたくらいの段階だと思うんです。会社が少しずつ変わり始めてます。
青木
なるほど。これからが楽しみですね!
4.モノづくりの世界の入り口に
青木
万博と言えば、たしか5月ごろにワイルドマスクを体験するワークショップを開催されてましたよね。その時の反響はいかがでしたか?
南田
えらい盛り上がりましたよ。今では八尾市の界隈では、このお面ワークショップは「キラーコンテンツ」って呼ばれるようになってます。
石田
他の場所からも「うちでもワークショップしてください」って、やたら声がかかるようになりました。
南田
ミナミダに来て欲しいっていうより「ワイルドマスクのワークショップして欲しい」って感じですね。
青木
ちょっと複雑な気持ちにもなりそうですけど、いいですね。ミナミダさんの加工技術への間口が広がっている感じがして。
南田
モノづくりの楽しさとかプレス技術のこととか、地元の子だったら八尾、東大阪の歴史とか、そういったことに触れてもらえるきっかけになってるのは嬉しいですね。
10年後なのか20年後なのか。「あの時に楽しかったからモノづくりの世界に入りました」って言ってもらえるのが、一つの目標です。
石田
うちの会社の中に限らず、地域の会社や様々な企業の中で、心の中でフツフツわいているものがある人っていると思うんです。自動車部品を作ってきたミナミダが「お面」を作ってる。
この活動を見た人が「もっと自由で良いんだ」って開放されて、フツフツをエネルギーに変えて新たなものを生み出すきっかけになるなら、すごく嬉しいです。
5.日常では気づけない自然の魅力
青木
では最後にあらためて、読んでいる方へメッセージなどはありますか。
石田
このお面は自然にあるものに最低限加工を施したものなので、柄や質感だとか表情も一つ一つ違うんです。ぜひ実物を触ってみていただきたいです。
石田
デジタルの世界で生きてる今の時代の中で、一回立ち止まって。
落ちている松ぼっくりやドングリだとか、日常では気づけない自然なものの魅力にあらためて気づいて、触って感じてそこから創造力を広げていただけたらなと思います。
石田
実際に体験すると本当に面白くて。お面が笑顔になってるじゃないですか。
だからこれ被るとみんな笑顔で完成を迎えられるし、お面被ると顔が隠れるから写真もシェアしやすい。そのあたりもすごくありがたいです。
青木
お面を作るプロセスでも、作ったものを被る時も、普段は隠してしまっている自分の中の「ワイルド」を開放して楽しんでもらえると嬉しいですね。
南田
できれば子供だけでなく、大人やお年寄りにもぜひ体験してもらいたいです。
9月の万博で販売しますし、その後にファクトリズムというイベントもあります。ぜひ遊びにきてください。
ヤシの木の皮をプレス加工して作った「お面」に、葉っぱや木の実を自由に貼り付けて変身しよう!
ワイルドマスクは、コラボレーションする企業や学校などを探しています。気になる方はこちらまでお気軽にお声がけください。